オランダ、アムステルダム
アムステルダム  8月19日&20日(晴れ)

I am ステルダム


続いてはフランクフルトからアムステルダムへ。
ベルリンに行く予定だったけどちょっとオランダとベルギーに2、3日だけ寄り道します。

計画しているときは日程的に厳しいかと思ったけど、地図を見てるとなんだか行けそうな気がしたので行っちゃうことにしました。
気候も良いしね。

そういえば今は夏休みだもんね。今日本から行ったらいくらくらいするんでしょ?

フランクフルトからは鉄道で1回乗り継ぎで4時間半くらい。ユーレイルグローバルパスがあれば追加料金無しで行けました。
あんま意識してなかったけど国境越えるので途中車内でパスポート提示を求められました。

ザック背負ったジーパンにポロシャツの、顔だけブルース・ウィリスのおじちゃん二人組みに言われたので怪しかったですが、全員提示していたのでたぶん係の人でしょう。
スタンプも何も押さずに見るだけでした。
人のパスポート見るのが趣味なだけだったかもしれませんが、危害に遭わなかったので良かったことにしましょう。


そういえばこの旅は僕自身初めて陸路で国境を越えているのですが、フランス入国以来、どこもスタンプ押してくれないでやんの。
これじゃあ「スイスやドイツ、オランダも行ったよ!」って言っても信憑性に欠けますね。
ユーロなら分かるけど、スイスでも押してくれないの。チェコはどうなのかなー。
このためにパスポートを新調したのに、もっとスタンプでぐちゃぐちゃにして欲しいものです。


そうこうしているとあっという間に4時間半なんて過ぎちゃいます。

オランダ、というかアムステルダムは素敵なところのようです。



ドイツではできるだけネットができるホテルに泊まっていたので、予めアムステルダムのホテルを予約しておこうと探していたのですが、これがまためちゃくちゃ高いところしか無い。
平均でフランクフルトやブリュッセルの2倍はするんじゃないかという検索結果。
サジ家ではこれを「アムステルダム問題」として数日連夜、ネット上の予約サイトと格闘していました。昼は森で遊んだりソーセージ食べてビール飲んでいたりしてるけど夜は格闘です。

本当は2泊くらいしたかったけど、あまりに高いので1泊にすることに。往来の鉄道時刻も調べたら、オランダ滞在時間27時間に決定です。
27時間もあれば芸能人が200Kmマラソンできるくらいなのでなんでもできる気がします。
ということでアムステルダム問題はタイトスケジュール化により強行突破することにしました。
アムステルダムを出る車内ではサライが流れるでしょう。

駅についてトラムに乗り、予約したホテルに向かいます。
予定に無かったオランダはもちろんガイドブック無しですが、2年程前に美歩が出張で来たことがあったので美歩頼みで過ごすことにしました。

あんなに苦労して取ったホテルはWeb予約がうまくいってなかったのか、ホテルが(安宿によくありがちな)グズグズな感じなのか部屋が無く、違うホテルにまわされ、個室を頼んだのにドミになったりといろいろありましたが、逆にディスカウントして予算内の金額に抑えられました。


ドミで一緒になったフランソワのねーちゃんに何故かCoffee Shopの地図を貰いました。どうせソレ目的でしょ、みたいな感じで。
一瞬忘れてたけどここはオランダか。みんなそういう目的で来てるのね。ドラッグも売春も原付ノーヘルも合法か。

僕は小学校の時からフランソワ人が好きなのですが、夕方にシャワー浴びてばっちり夜メイクしてるフランソワはちょっと苦手ですね。僕のフランソワイメージは、サンデーモーニングに美味しいフランソワパン焼いてくれるはずなのに。


さて、時間がないのでさっそく街に。



すごい人の数です。


チャリも。


チャリ置き場も。


船も。


船に乗るのも。


飛行機雲も。


眼も。


アンネ・フランクの家もすごい行列。


なんですかコレ。

オランダ人はみんな背が高いから写真撮りにくくて撮りにくくて。


どうやらなんか夏休み的なフェスティバルがあったようですね。
おじさんたちが船の上でやいのやいのパレードしていました。



だからホテルもあんまり無かったのかな。高いのもこのフェスティバルのせいなのでしょうか??


話しは変わり、アムステルダムといえばゴッホとレンブラント。
斉藤和義でいうところのワッフルワンダフルですね。

ゴッホは何年か前に東京でゴッホ展行ったからいいかなと時間も無いのでパス。
レンブラントハウスには行ってきました。
レンブラントの絵には陰影に特徴があり、写真のライティング技術にもレンブラントライティングなんてもんがあります。

レンブラントが売れて、破産するまでの家だそうです。立派なアトリエがありました。


北側に大きな窓がある部屋で、晴天でしたが優しい光になって入ってきます。
とてもいい雰囲気です。
人が多くて残念でしたが。

日本帰ったらアトリエ的なスタジオ作りたいな。
北側に大きな窓のある物件ないですかねえ?なるべく天井が高くてトップライトなんかも入れられるようなオシャレ物件。




さて、続いてアンネ・フランクの家に。

レンブラントハウスはそうでもなかったのですが、前述のとおりアンネの家はすごい行列でした。
お昼過ぎという時間帯もあったかも知れませんが、30分以上は待ちました。ベルギー行きの電車の時間が近かったのでヒヤヒヤヒヤリングです。

入いると同時に、少し記憶から薄れていたナチス支配の様子を思い出しました。まだドイツでもナチス味わっていなかったので。

アンネの家は運河沿いのいい環境のところにあり、目の前では黄色い服を着たおじさんが船パレードしているのですが、ほんの数十年前までこの場所で惨劇があったとはとても思えません。

アンネの家や日記を見て、今の若いドイツ人やオランダ人、フランス人、アメリカ人、ロシア人そしてユダヤ人はどう感じるのでしょう。
僕には欧米人を顔で見分けることができないので様子を伺うことはできませんでしたが、同じく日本が支配していた国にこのような施設があったら僕はどんな顔で行けばいいのかな。

27時間じゃ考えきれないことですね。



ちょっとは観光客っぽいところを。
アムステルダムのキャッチコピーは”I amsterdam”みたいですね。
こんなイメージでしょうか?



リヨンにもこんなようなサインがありました。
LYONのスペルを文字った”ONLY LYON”だったかな。うまいこと考えるもんです。
名古屋だったらなんだろ。”なごやだがや”とかかな。外国人にはさっぱり意味分からないですね。

EASTEND+YURIの名古屋バージョンってなんだっけ。
「DA.GA.NE」だっけ?

垂れ幕に日本語にも訳されていました。
ちょっと区切るところ間違えちゃったかなー。



そろそろ日本ではサライ流れてんのかな。